【小林秀雄】熱

久しぶりの更新になります。
こちらで小林秀雄という人に関しての雑惑を書き連ねて来ましたが、ここで一旦、それに一区切りつけたいと考えるに至りました。

私は一時期、彼の言葉によって生活していました。彼の言葉がある所と共にあろうとし、彼の語る所に従って、疑い、信じ、考え、苦悩していました。

彼によって、それまで出会っていた孔子ゲーテに対する敬意を深めると共に、またニーチェドストエフスキーソクラテスプラトンデカルト、さらに仁斎、徂徠、宣長、福沢の偉大さを知るに至った。


街中を歩く時も、寝ても醒めても、食事をしていても、日常の生活に至る細部に渡って、彼の言葉と共に生活をしていました。

彼の書いた言葉を空で言えた。それほどに深く彼の言葉と共にした。

彼の偉大さは何処にあったか?

多くの論者がどう語ったのか、私はしりません。彼の不安を共にしたことのある人の言葉ではなかったのなら私の心は動かなかったから。

彼がそうしたように、また彼が批評家として語ったように、現代の生活の不安に対して右にも左にも拒むことなく、その上に身を横たえた事のある人の言葉ではなかったのなら。

彼の偉大さは、その不安の中に立てようとしたその確信にある。時代の不安が巨大だと言うなら、その巨大さを知るのにわが身を持って測る以外にどんな方法があろう、と。

その方途は、発狂を強要する。人格の錯乱を強制する。誰の耳にも届きやすい言葉で言うなら、現在の生活で発狂するのは如何に容易いことか、その恐怖が誰の脳裏をかすらなかったことがあろうか、と。

自らの不正を美しく飾り立てなければ気が済まないほどの狂気が大通りを闊歩する中で人目を避け、容易には決して目に付かない正気の在り処を求めてさまよう一人の男の影に私は目を奪われて息をしていた。

その不安は私のうちで、純度を高めながら私の喉元に達して発狂を迫った。
時は満ちて学生と呼ばれる時は過ぎた。数少ない友の一人が逝った。私は路頭に迷いながら喘ぐ。不安が皮膚の深くまで食い込んで突き刺さり、為す術を知らぬまま私は倒れこむ。


これが、世に天才と呼ばれる幕の向こう側を見ようとした人の苦悩だったか?ツァラトゥストラの語る声を聞いたニーチェが超人をみたゲーテの肩に架かった十字架か。

ともに何という不安か?なんと大きな不安だったか?
その巨大さは人の身では測れない。測るには巨大過ぎる。

生きようとする直覚がそれを止めようとしなかったのか?
その声を振り切って突進した人の取り返しのつかない絶望、悲劇であった。
そう言えば、この不安は消えてくれようか?

しかし、その不安にも終わりは来る。その時、死は何と優しく耳に響くことか。
そこから帰ってくるには天才を必要とするか?天から与えられた力のみがそこでは力強く働くか。

「聞いていたことをそのまま、わたしたちは見た。」