日記更新方針に立ち返ってみました。

私がこの日記を始めるに当たって、小林秀雄さんの名前から始める事は、遠回りをしているような気がしてきました。

というよりは、彼の影響を諸に受けているためにそうならざるを得なかったようです。

ですが、その方法はネットという媒体には適さない性質のものであることが分かりました。

ネットでは、短く、早く、分かりやすく、
テキストはそうあるべきだと学びました。


その分隠されることがあることも。

ネットでは多くの知識が公開されている。

その多くが公開されている分だけ、公開されている知識が増えれば増えれるほど、隠れてしまうことがあることを。

それはGoogleの検索ロボットに拾われないという性質のものではなく。

言語化することは困難で、しかしそれを共有することがなければ人と人が関わるところに何の意味も無くなってしまうものが。

曖昧な言い方で申し訳ありません。しかし、上記のことはたくさんのユーザーのみなさんに感得されていると思います。